
村上茉愛の父親と母親や兄弟など家族&実家まとめ
東京オリンピック2020で銅メダルを獲得した女子体操競技選手の村上茉愛。メダリストとなった彼女が育った実家・家族の情報をまとめました。父親・母親の職業やエピソード、体操をやっていた兄弟の情報もあわせてお届けします。
村上茉愛とは
名前:村上 茉愛(むらかみ まい)
生年月日:1996年8月5日
出身地:神奈川県相模原市
身長:148cm
日本の女子体操競技選手で、東京オリンピック2020の床運動で銅メダルを獲得した村上茉愛。
日本女子初となる個人種目でのメダル獲得という偉業を達成し、鍛え上げられた脚力とパワフルかつスピード感のある演技を武器に、世界的に活躍している体操選手です。
村上茉愛は3歳の時に母親の勧めで体操を始め、元体操選手の池谷幸雄が主宰する「池谷幸雄体操倶楽部」で小学校の時から体操の技術を磨いてきました。
14歳にして床運動で初の日本一に輝き、2016年のリオオリンピックでは団体総合で日本人48年ぶりとなる4位入賞に輝いています。
2017年の世界選手権は種目別床運動で金メダルに輝くなど日本の女子体操競技選手の中でもエース的存在で、2021年に東京オリンピックで銅メダルを獲得したことで一躍スター選手になりました。
【NHK】2分でわかる! 村上茉愛悲願の銅メダル | 体操女子種目別ゆか決勝 | 東京オリンピック - YouTube
出典:YouTube
ここではそんな村上茉愛の生い立ちや私生活に注目し、実家や家族についてまとめました。
父親や母親の職業とエピソード、体操をやっていた兄弟の話題もお届けします。
村上茉愛の実家
村上茉愛は神奈川県相模原市の出身でしたが、小学校は神奈川県内ではなく、東京都の小平第三小学校に通いました。
小平第三小学校は村上茉愛が小学生時代に通っていた「池谷幸雄体操倶楽部」の近くにある小学校です。
小学生時代から真剣に体操の練習に取り組むため、元々実家があった神奈川県相模原市から東京都へ引越しました。
その後は武蔵野東中学校を経て、高校は東京都府中市にある私立明星高校に進学。
高校卒業後は、日本体育大学体育学部体育学科に進学・卒業しており、現在は実家を離れて暮らしているものと思われます。
しかし実家に帰ることは多いようで、新型コロナウイルス感染拡大により東京五輪開催が延期され、自粛期間となった際には、実家で過ごして母親と共に料理作りをしたりと気楽な時間を過ごしたようです。
村上茉愛の家族[父親]
村上茉愛の父親は、村上仁(むらかみ ひとし)という名前で、体操経験者であることがわかっています。
村上茉愛を育てた「池谷幸雄体操倶楽部」でコーチを務めるほどの実力者で、村上茉愛も幼い頃から父親と共に体操の技術を磨いてきました。
村上茉愛が体操選手として大会で活躍した際には父親として、そして池谷幸雄体操倶楽部のコーチとしてメディアの取材に応じることもあり、顔写真やプロフィールも公開されています。
体操クラブのコーチとして公私共に競技生活を支えてきた父親の存在があるからこそ、村上茉愛の現在の世界的な活躍があるのかもしれませんね。
村上茉愛の家族[母親]
村上茉愛の母親は東京都小平市で美容室「ei」を営んでいる美容師です。
ショートカットの髪型が可愛らしくて印象的な村上茉愛の髪も母親がカットしているようで、大事な大会前に母親に髪を切ってもらうことが恒例になっているのだそうです。
村上茉愛が体操の道へ進んだのにも母親が大きく影響しており、母親は村上茉愛が赤ちゃんの時からその才能を感じ取っていたといいます。
母親曰く、村上茉愛はオムツ替えでお尻を拭く時に脚が180度開いたといい、股関節の可動域が他の子とは違うと感じていました。
医者からも「こんな子は100人に1人」と告げられるほどで、体操選手としての才能を感じ取った母親は、村上茉愛が2歳の時に室内用の鉄棒やとび箱を買い与えました。
母親も体操をやっていた
母親も元々体操をやっていましたが、体操を始めたのが中学生の時で、幼少期から体操をやっていたトップ選手との差を感じて「もっと早くやっていればよかった」という思いを抱いていたといいます。
自分の娘に体操の才能があることを感じた母親は、村上茉愛が3歳の時に池谷幸雄の体操クラブに通わせて本格的に体操を学ばせました。
村上茉愛自身も3歳ですでに押入れから宙返りをするような体を動かすことが大好きな子供だったこともあり、体操の才能はその後メキメキと頭角を現し、14歳にして床運動で初の日本一に輝きました。
母親はそんな村上茉愛を支えるため、専業主婦から美容師に転身。
5人の子供を育てながら通信教育で資格を取得し、子供のためなら大変な思いをする事も厭わない子供思いの母親てす。
村上茉愛が体操選手として活躍するようになってからも、減量に苦しむ娘に寄り添ってランニングに付き合い、食事のカロリーを抑えるために料理にも気を遣っていました。
村上茉愛はそんな母親の愛情に、東京オリンピックで銅メダルを獲得すると「家族がいたからここまで続けてこられた。いいお土産が持って帰れるんじゃないかな」と語り、感謝の思いを伝えています。