
庵野秀明の若い頃!生い立ちや実家の家族・学歴も総まとめ
2021年3月に『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開され注目を集める映画監督の庵野秀明さん。そこで今回は、庵野秀明さんの生い立ちや実家の家族・学歴、そして若い頃についてまとめました。
Hideaki Anno Short Film 庵野秀明 自主制作アニメ1 へたな鉄砲も数うちゃあたる! - YouTube
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そして自主映画製作チーム『DAICON FILM』にも参加した庵野秀明さんは高い評価を受け、『超時空要塞マクロス』の制作に参加しています。
そして1983年には『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』で総監督と主演を務めた庵野秀明さんは、映像制作が忙しく授業に出なかったことと学費未納が重なり、除籍処分となったのです。
DAICON FILM - 帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令 - YouTube
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「どうも煙を描いたら気に入られたみたいです。そのシーンが終わったら、次は巨神兵と王蟲が戦うところをやってほしいと言われました。宮さんが最初に描いていたコンテが実によかったんですよ。巨神兵は溶けてなくて、王蟲の群れの中に入って、ちぎっては投げちぎっては投げしているんです。だけど最後は王蟲の数に潰されてしまう。これはかっこいいけど大変だな、自分に描けるかなと思っていたところ、(納期までの)時間がなくなったんですね。それで宮さんが上げてきたのが、巨神兵が溶けている絵で、一発撃って自滅してしまうんです。映画の尺もないからと説得されて、渋々納得しました」
#巨神兵 の原画✏️を描いたのはのちに「#エヴァンゲリオン」シリーズの総監督を務める #庵野秀明 さんです。本作の制作途中から原画として参加しました。庵野さんは学生時代に自分が描いた絵を持って本作の制作会社「トップクラフト」にやってきました。それを見た 宮崎駿監督は…➡️続く pic.twitter.com/T9gcnYIyXO
— アンク@金曜ロードSHOW!公式 (@kinro_ntv) 2020年12月25日
さらに庵野秀明さんは1990年から放送されたテレビアニメ『ふしぎの海のナディア』でも総監督を務めています。
そしてこの作品で第18回日本SF大賞を受賞を受賞した庵野秀明さんは、以降も『ラブ&ポップ』や『式日』、『キューティーハニー』など多くの作品を手掛けています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
この記事では、庵野秀明さんの生い立ちや実家の家族・学歴、そして若い頃についてまとめました。
山口県宇部市で4人家族の長男として生まれた庵野秀明さんは、幼少期からアニメや特捜が大好きで、高校から自主制作をスタートすると、大学中退後から本格的にアニメーターとしての活動をスタートさせ、あの『風の谷のナウシカ』にも参加しています。
そしてその後、『新世紀エヴァンゲリヲン』で監督としての地位を確率した庵野秀明さんは、現在も映画監督やアニメーターとして大活躍しています。
そんな庵野秀明さんは1984年に公開された劇場アニメ『風の谷のナウシカ』のスタッフ募集を見て上京すると、スタッフとして参加することになり原画を担当することになったのです。