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そんな彼女の絵をたまたま目にした山野一氏は、こう感じたと言います。

「言語化不可能なある種の違和感かもしれないけど、大人に解釈されたものではない生々しい幼児性というか、かわいさと気持ち悪さと残虐性が入り交じった奇妙な魅力」

そこで山野一氏は、その絵をモチーフにした原作を彼が作り、嫁(後の「ねこぢる」)にその原作に合わせた絵を描かせて一本の漫画を描き上げました。

そして、この漫画を「月刊漫画ガロ」の編集部に持ち込んだことで誕生したのが…漫画家「ねこぢる」だったのです。

「ねこぢるうどん」

「ねこぢるうどん」

漫画家「ねこぢる」のデビュー作となった「ねこぢるうどん」は、「月刊漫画ガロ」の1990年6月号より連載が始まりました。

「ねこぢる」と山野一氏の間の役割分担

「ねこぢる」と山野一氏の間には、“極めて微妙”な役割分担があったと言います。

まず、「ねこぢる」が自身の夢の中に出てきた支離滅裂で不条理な発想をメモに取ります。

次に、それをもとに山野一氏がストーリーを組み立て、ネームに書き起こして「読める漫画」に再構成していったようです。

山野夫妻と面識があった評論家の黒川創氏は、後に「ガロ」に寄稿したコラムの中で、この山野夫妻の“極めて微妙”な関係性について、次のように記されています。

「山野一は、ねこぢるのストーリー作り補助、ペン入れ下働き、スクリーントーン貼り付け係、および渉外担当のような受け持ちをしてきたらしい。つまり、『ねこぢる』というのは個人名というより一種の屋号で、その『ねこぢる』の成分には10%か20%“山野一”が配合されているのだと考えられなくもない。私が彼女のことを“ねこぢる”と呼ぶたび、自分の頭のうしろのほうでは(……ただし、20%の山野一成分抜きの)と、落ち着きのないささやきが聞こえる。ちょっとイライラする。いったい、彼女は誰なのだろう」

漫画雑誌の枠を超えた“ねこぢるブーム”の到来

それまでは一部のコアな層の間だけで話題になっていた「ねこぢる」だったのですが、1990年代後半に流行した悪趣味ブームの流れで、「ねこぢる」が広く一般層に注目されるようになったことで起こったのが「ねこぢるブーム」でした。

以降、「ガロ」だけでなく、「ヤングサンデー」「ビックコミックスピリッツ」「ヤングアニマル」などの少年漫画雑誌だけでなく、「SPA!」や「小説すばる」など、雑誌の枠を超えて多くの媒体で「ねこぢる」作品が掲載されるようになりました。

すると、そのポップな絵柄とシュールな作風のギャップが、女子中高生の「カワイイ文化」にクリティカルヒット!挙げ句の果てには、東京電力の宣伝キャラクターにまで昇格するまでに…。

ねこぢるが突然の死去!その死因は…

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当時、山野一氏と「ねこぢる」夫妻は、来る仕事はすべて引き受ける方針だったそうで、「ねこぢるブーム」によって仕事が激増したことで、次第に「ねこぢる」は精神が不安定になっていったと言います。

やがて「死ぬことは別に怖くない」と周囲に述べるようになったり、編集者などに「死のうと想ったことありますか?」と尋ねたこともあったそうです。

1998年4月には、女性編集者を相手に電話で2時間に渡って、「もう好きなものしか描きたくない。自分に向いていないことばかりやらされていて本当につらい。もうこれ以上は何も考えられないし、何も出来ない…」などと、延々と不満をぶつけていたと言います。

そして、1998年5月10日午後3時18分、町田市内の自宅マンションのトイレで、ドアノブに掛けたタオルで首を吊った状態になっているのを、夫・山野一氏に発見されることに…。

この時には既に死後硬直が始まっていたといいます。
なお、死没時の「ねこぢる」の年齢は、31歳の若さでした…。

「ねこぢる」の夫、山野一氏は後に「ねこぢる」の人物像について、寄稿した追悼文の中で次のように述べています。

「生前彼女は、かなりエキセントリックな個性の持ち主でした。気が強い半面極めてナイーブで、私の他にはごく限られた“波長”の合う友人にしか心を開くことはありませんでした。“波長”の合わない人と会うことは、彼女にとって苦痛で、それが極端な場合には精神的にも肉体的にも、かなりダメージを受けていたようです。彼女程でないにしろ、私にも同じような傾向があり、二人ともノーマルな社会人としては全く不適格でした」

その一方で、担当編集者らは「ねこぢる」について次のように語り、責任感の強さを証言しています。

「原稿の締め切りをキッチリと守る人だった。月に数十本の原稿を抱えながら、締め切りを守るのは至難の業、それをやり遂げたねこぢるはムチャクチャ責任感のある人」「自分の漫画を読んでいる有名人をそれとなくチェックして帯の推薦文の人選を考えたり、10代の子が自分の本をおこづかいで買えるように、価格を下げるように交渉したり、単行本を作る過程でいろいろ知恵を絞っていた」
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